ところで、過去に同じようなソフトが存在したにも関わらず、なぜか突然ブレイクしてしまうソフトは多々あります。
むしろ、過去に似たソフトが無かったソフトの方が珍しいぐらいなので、成功したソフトには、過去に失敗したソフトと何が違うのかについて理由がつけられます。
この時、次の3つが大きな要因として語られます(真実とは限らない)。
* 時代背景の違い(昔の失敗したソフトは、時代を先取りしすぎた)
* ドメインの明確化(昔の失敗したソフトは何に使えばいいか分からなかった。機能を追加するより機能を削ることでドメインが明確化することは多い)
* 実装の違い(昔の失敗したソフトは作りが悪かった)
そこでは学習者の評価をするにあたって評価基準は公開されず
指導する側にしかわからないようになっていた。
当時はそれが当たり前だった。
基準非公開の理由は
「基準を明示してしまったら、
いい成績を取るためにそれだけを目指す輩が出てくる」
というものだったんだけど、これはおかしな話だと思う。
そもそも教育機関は学習者が成長するための場所であって、
学習内容と成長と評価が連動していれば
高い評価を受けるための行為とは
すなわち大きく成長するための行為であるはず。
単なる点数稼ぎで良い評価が得られるのなら
それは評価基準の方が間違っている。
ウェブ時代において、質の高い仕事をし、大きな成果をあげようとする人のための心得:
* 面白いからといってやみくもに読むのはやめなさい。ウェブでは、あなたが読むよりも速く情報が増殖していく
* 人の目を介して編集された 質の高い文章を読むようにしなさい
* 人生は短い。多くの意見を聞くのではなく、少数の、物事を深く考えよく洗練された人と議論すること
(1996年にチューリング賞を受賞した、Amir Pnueliの言葉だそうです)
ひろゆき 高校生が携帯で「プロフ」みたいなサイトを作ってみたりとか。どういうものが使いやすいかを切磋琢磨しているんですよね。
プロフって分かりますか? 若い子は、自分たちが語るべきことを持ってないじゃないですか。でも自分のことは知ってほしい。だから前もって、質問があってその質問に答えると自己紹介風の文章ができあがる。できた文章を見て、「この人バスケ好きなんだ」とコミュニケーションを取れる。
もともと何もない人がどうやって情報を出せるか、出した情報を使ってコミュニケーションをどうすればいいかまで考えてできていたりするんです。そこまで考えて作ってあるコミュニケーションサービスはほかの国にそんなにないと思うんです。そういう独自進化。いずれそれも、海外に行くと思うんですが。
サブカルチャーと違った方面のカルチャーを生み出したり、支えたりするには、そのようなゆとりのある時間の過ごし方が重要な気がする。ただ、そうした人々の中で、インターネットにドップリ浸かっている人は、まだまだ少ないんじゃないかと思う。
気持ちは分かる。パソコン画面の前に縛り付けられていたり、小さな携帯電話の画面に向かって、ボタンを連打しているよりも、いつもと違う日常の中に身を置いて自分を振り返ってみたり、素敵な人々と直接あってインスピレーションの洪水に溺れる方が楽しいからだ。
ちょっとだけ脱線すると、実はアップルが他のパソコンメーカーと違ったパソコンづくりができるのは、そういった価値を理解している社員が多いのも関係があると思う。まずは「パソコン以外の生活」がしっかりとあった上で、そこにフィットするパソコンをデザインしているのがアップルであり、だからこそ多くのクリエイティブな人々がアップルのパソコンを使うのだと思う。