(Source: bloodyr0ses)

(Reblogged from gkojaxmeetsrebloggersuptown)
以前お世話になっている人に、「最近の若い子に自分のノウハウを教えたいんだけど、試行錯誤する経験を奪ってしまうのが嫌で悩んでいる」という話を聞きました。
知の高速道路に乗って、一気に正解にたどり着いた経験よりも、どれだけ遠回りしながら失敗をしてきたのか、そこら辺が後になって差になってくるのかな、なんて思いました。
ビジネス脳がないと、橋下市長の行動則はたぶん理解しにくいのではないのか。
ビジネスをやってる人間からすると、橋下市長のやってることは至ってふつーのことだ。

・カスタマーへフォーカスする。
・細部をつめないで前にすすめる。
・やりながら最適化する。
・手法に執着しない。
・状況は変化してあたりまえ。
・言ってることも変化してあたりまえ。
・やってることも変化してあたりまえ。
・目標達成の最短行動をえらぶ。
・ぜんぶをコンセンサスとる必要はない。
・決定してから手法をかんがえる。


こーんなのは、今を生き抜くうえであたりまえのことで、
薬師院やら香山やらはそういう脳みそをつかってないから判らない。
反対派はすべてのプロセスをボトムアップですすめないとついてゆけず、コンセンサスに漏れあると問題視する。
まさに日本が意見の集約ができず苦しんでいるのは、こうした過剰なコンセンサスで、
政治家だけでなく「市民レベルで決定させないひとたち」をみるいい機会になった。

彼らは、橋下市長へしきりに「思想」とか「信条」をたずねてたけど、これは意味がない。
橋下市長の政治では思想信条は重要じゃないからだ。興味もないかもしれない。
興味があるのはビジネスモデルの整合性だろう。

反対派は橋下市長の目標値の設定よりもプロセスがどうしても気になるらしく、しきりに「言ったこととちがう!」と唱える。
ビジネス脳がない彼らは「先に決定がくる手法」についてゆけないのだ。

これは日本の現状そのものだなーとおもうのは、あたらしいことを進めるときに担保として「過剰な保証」を要求することで、
みえないことや答えのないことに取り組むのが下手なのは、個人レベルでもじぶんで答えをつくる作業に慣れてないからだ。
日本は正解をえらぶ教育から答えをつくる教育にシフトしないと、世界でおきているゲームに参加できない。
(Reblogged from ak47)

shinoddddd:

雪の夜のミラクル

(Source: expo7000)

(Reblogged from ak47)

日本の教育について。
昨日イスラエル人と話していて、ふと気づいた。
ちなみに彼はイスラエルで日本語と日本文化を勉強しているそうだ。

彼が言った。
「日本の小学校のテスト問題は変!」と。

僕は何が変なのか問うてみた。
「だって、イスラエルでもアメリカでも、テストの回答で求められるのは『筆者の意見』ではなくて、自分の意見だよ。日本は違うんでしょ?」

なるほど・・・そう言われれば確かにそうだ。

僕らの教育では大学受験ぐらいまで、
国語の現代文なんかは、『あなたはどう思いますか?』と問われることはなく、
『筆者はどう思ったと思いますか?』
という設問ばかりな気がする。

イスラエル人の彼はwhy!?という目で僕を見つめていた。
僕は即興で回答してみた。
————————————————————————————–
日本人はね、小さな頃から家庭や学校などで、こう育てられるんだ。

「相手のことや周囲のことを、先ず最初に考えなさい。
 自分がすることで他の誰かに迷惑をかけないのかどうかを考えなさい。
 いつも他人の気持ちがわかる人で在るように。
 自己中心的な考え方をしてはいけないよ。」

だから、義務教育の中でも、
誰かの立場になって考えることをトレーニングしているんだよ。
いつでも、どんな時でも、
相手のことを思いやれる人間を目指すのが日本の教育なんだよ。

————————————————————————————–

イスラエル人の彼はめちゃくちゃ驚いていたし、感心していたようだった。
「ああ、アメリカ人やイスラエル人はだから自己中な人多いのかな?」とつぶやいていたのが印象的だった。

(Reblogged from a2onaka)
佐々木 そうなんです。
とくに、震災の後は、
被災地と東京の温度差がすごくあって、
「なんかやんなきゃ」っていう気持ちが
東京ですごく盛り上がって、
たとえばウェブの業界では
被災地に物資を送るプロジェクトとか、
避難している人たちに家を貸してあげる
ハウスシェアリングのサービスとかが
たくさん立ち上がったんですけど、
実際に聞いてみると被災地では
ほとんど利用されていない。
なぜかというと、そういうサービスが
対象としている人たちが高齢者だったり、
避難所にパソコンがなかったりして、
求められている情報やものと、
東京でみんなが盛り上がっていることが
まったくつながってなかったんです。
糸井 いまもそういう傾向があるんですけど、
インターネットにつながってないっていう人口を
インターネットの人たちは、
わりとなめてるんですよね。
(Reblogged from kiyopichi)
yuatetsu:

雑誌的なコンテンツ(メディア化) – ビジュアルシンキング
「フローとストックが混ざっている」「情報に新しい視点を与えている」のが雑誌的なコンテンツです。

yuatetsu:

雑誌的なコンテンツ(メディア化) – ビジュアルシンキング

「フローとストックが混ざっている」「情報に新しい視点を与えている」のが雑誌的なコンテンツです。

(Reblogged from yuatetsu)
(Reblogged from staff)

本当に、学ぶために「自分を閉じ込める」のが難しい時代になってきたような気がしますね。特にインターネットがごく日常的なものになってからは、学びに関してだけでなく、深く一つのことに関わることは、意識的な「選択と集中」をしないと、とてもできない。ツイッターの世界などに触れていると、つくづくそう思います。

(中略)

もしかすると、「自分を閉じ込めて深く学ぶ」という学び方以外の「新しい学び方」を、僕たちはもっとポジティブに模索し、受け入れていかなければならないのかもしれません。たとえば、「塵も積もれば山となる」ように、大きな目標達成のために、オープンでミクロな学びの積み重ねが可能なのか。個にとっては、どうなのか。教育的なコミュニティとしては、どうなのか。